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zoom RSS 周囲にいれば理解してあげて欲しい。無理かな?かつて自分が苦しんだ“鬱”。君はなりそうにないが・・・。

<<   作成日時 : 2010/06/23 06:52   >>

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こんにちは。

昨日、予告いたしました通り、“ブログ2周年記念”?として私がかつて苦しんだことについて書きたいと思います。

それは“鬱”という病気のことです。

最近はこの病気のことがメディアでも取り上げられ、かなりいろいろな方の理解は得られてきてはいるかと思います。私が働く会社でも主に管理職向けに「メンタルヘルス講座」なるものが開講され、管下社員の「心の病」を防止しようとしています。それだけ社内でも「病んでいる」者が多いということでしょう。

私は「経験者」というだけで医者でもカウンセラーでもなんでもありませんが、「経験者」として言えるのはその講座の中身が必ずしも正しいとは言えないこと、いえ、確かに「正解」なんてものはないんだろうな・・・なんて思うのです。

ブログでも過去に何度かこのことについて「ほのめかして」いることはあります。
札幌に来て二人、私と同じような状態になってしまった者となりかけた者の「理解者」として同じ目線に立って話をしたことをブログに書いたからです。彼らは最悪の状態は脱しており、こんなことは自負すべきものではありませんが、元気になった彼らに感謝の言葉を述べられると、彼らの同僚として私の存在があってよかった・・・と思う次第です。

かく言う私も・・・未だに「その化」があると言えばあります。
かつて休職してまでして治療にあたった後、診断書にてたしか「カンカイ」(字忘れました。)とか言いましたでしょうか・・・普通の病気であれば「完治」に近い診断を頂いたことがあります。
その時、主治医の先生はこう仰いました。
「今の状態はまさに“健常者”です。しかし、この病気はまたいつあなたに悪さしてくるかわかりません。経験をしてそれを理解できる状態になったということ。心も身体も無理をせず、自分と言うものを理解することがこの病気を克服することなのです。」

先生の仰った言葉の私としての理解は以下の二点でした。
●診断書を頂いたときの状態は「元気」なんだけれど、またいつ再発するかわからない。一生続く「保菌者」のようなもの。
●一方で、苦しみを経験しているがために自分の状態が今どうあるかが理解できる。

実は現在も「あ、ちょっとヤバいかな」ということは間々あります。
ただ、その気持ちの「波」というのが自分なりに判断できるためにいろいろなことをセーブすることによって「焦り」を「意欲」に変えることができるようになったため、最悪の状態にはなっていない、というだけなのです。

私のブログをご覧になられている方は疑問に思うかもしれません。
「こんな能天気なヤツが本当に“鬱”になんかなるものか」と。

そうなんです。“鬱”になる前の私も周囲からそう言われておりました。

ただ、それは自らが「小心者」であるということを理解しているがために周囲に対して「そうじゃないんだ」と我を張っていたことがそう見えただけ・・・なのです。人間面白いもので「演技」しているうちに“板についてくる”ものなんですよね(笑)。

実際には周囲の「目」を気にしながら生きてきたんです。

会社経営者の一人息子として育ち、何不自由なく大きくなりました。一方で「親の期待」を一身に背負い、中学で進学校に合格し、一浪したものの国立大学に進学し、卒業後は一部上場企業に入社しました。それまでもそうでしたが入社後も「自己顕示欲」が強く、かつ「上昇志向」が強く・・・たまたま社内でスポットライトが当たりやすいセクションを転々としていたこともあり、エリート意識も強かった。

実は自らの力ではないものを自らの力と勘違いしていた部分もあるかと思います。そしてそれまで「それなりに」世間の荒波を被ってきたかのように感じていましたが、実は「無菌室」に入っていたということ。

そういう人間がちょっとした環境の変化にさらされ、身体の無理をするとどういうことになるか。

まずはあえてそういう表現をいたしますが、「転落期」。
こういうことをすると・・・そうなっちゃう可能性があると言うことを書いていきます。

つづく。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
寛解かなー
一応、よくなったっぽいんですがな、という時に使うみたいですね。
まぁ、心の風邪とか見たいですけどね、
頑張る方がなるみたいで、頑張らない私はならないみたいですね。
学術的には、ドーパミンが何とかカンとかいっていましたねー
ハゴトコ
2010/06/23 23:20
ご無沙汰しております。

人生はマラソンです。
短距離走の人生は息切れします。
自分なりの身の丈にあった幸せや満足を見つけることが一番ではないでしょうか。

それには、釣りが一番です。
潮風を浴びながら、目の前に広がる海の情景を見ていると、大自然の中に人間の小ささを感じて、心が落ち着いてきます。
釣りは、人と競う必要がありません。
人と争う必要もありません。
自分を見つめ直すには、最適だと思います。
電車キャスター
2010/06/23 23:35
ハゴトコさん、コメント有難うございます。
そうでした「寛解」でした。カタカナじゃコマイの別名みたいですよね(笑)。
う〜ん、「心の風邪」ね。確かに「誰しもなりうる」ということに関して、そういう表現がなされているのではないかと思いますが、それが「慢性になる」というところがこの病が怖いところだと思います。
ドーパミンに関しては…まさにこの後のページで「ランナーズハイ」になりかける私がおりまして・・・。
神戸MPV
2010/06/24 07:23
電車キャスターさん、ご無沙汰しております。

「自分の身の丈」というものがいかほどのものなのかがわからなくなるということがあります。と言いますか当時は全くわかりませんでした。それだけ未熟だったということなんでしょうが、「自己顕示欲」「上昇志向」なんてことがそれを更に悪くしていったものと思われます。

釣りは確かに心を豊かにしてくれるものなのですが、当時釣りをしていてもあまり楽しくなかった覚えがあります。釣りに行ってもずっと仕事のことを考えておりました。そうなるともう釣りをしていること自体にも「罪悪感」を覚えたりするのです。

いくら好きな「釣り」でも解決には全く繋がらなかったんですよ。気づかぬままにそうなっていったのです。
神戸MPV
2010/06/24 07:33

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