魚が狂った日?アマゴ、アイナメ、カレイ・・・いつもこんななら釣りやめちゃう。その1。
こんにちは。
ちょっと題名に偽りありかもしれない。オレの経験上の話であり、普通にこの程度の釣果は上げていらっしゃる方もいると思う。特に北海道であれば、再び実現可能なのかもしれない。
オレは何度も何度も何度も何度も書いているが“渓流釣り”出身だ。学生の頃までは一番好きな釣りといえば、「渓流釣り」だった。禁漁期や何日か休みがあると“ふらふらっ”と他の県に出かけて海釣りをすることがあったが、基本は渓流釣り、しかも多摩川・秋川とその支流と言った東京都の河川が主であった。
それだけに川のことはよくわかっていたし、特によく入る釣り場は魚がどこに入っているかもわかっていた。自分で言うのもなんだが、これらの河川で平水なら半日でツ抜けができていたのでやはり当時は渓流の釣技もあったと思うし、何より通いつめていたという証拠だろう。
釣りに上手い、下手があるのならば、この時期がオレが一番釣りが上手かったころではなかったろうか。
そんなオレでも渓流の魚を30匹釣る、というのは解禁日のような祭りで無い限り、かなり大変なことであった。たまに他府県そして北海道でも川で竿を振ることがあったが30という数字はなかなか越えられない数字だった。
以下のことは過去にも書いていると思う。それだけ印象に強い釣りであったのだ。
大学4年のある日・・・オレは西伊豆にいた。かなり暑さの残る秋口だったと思う。目的はシロギスとちょっと早めの青物狙い・・・だった。ただ、青物なんぞ最終日じゃないと鮮度が落ちてしまう、また、シロギスも半日もやれば天ぷらを作るくらいの数はとれることくらいわかっていた。
禁漁期直前と言うこともあり、オレは川で竿を出すこととした。オレの気持ちの中には翌年から社会人になることから・・・早朝が勝負の渓流に入ることもあまりできないだろう、との思いはあった。だから・・・西伊豆まで行っても川で竿を出してみたいというのはあった。
前から気になっている川ではあった。当時、川の名前も調べていたが今は覚えていない。本当に小河川で、おそらくあまりこの川を相手にするような人もいない、と言うような川であった。オレは地方に行くとこうした矮小な河川に入るのが好きだった。
道路から川におりてしばらくで藪こぎを余儀なくされるような川であった。しかし、その葦などの根元もまた・・・十分ポイントとしてオレの頭の中にはカウントされていた。オレはあえて十五尺の竿を手に持ち、ちょうちん釣りと呼ばれる短い仕掛でその川に臨んだ。
しばらく雨も降っていなかったのか、明らかに減水していた。かなり厳しい釣りになることが予想されたが、当時のオレからするとかえってそれがヤル気を引き出していた。
エサなんぞ持ち合わせもなかったので川でササッと川虫を取って、藪の間に流れる河川に仕掛を入れた。アマゴがいるかどうかもわからない・・・そんな川に仕掛を入れる。糸がふけたままであった・・・ん?すでに魚が掛かっているのであった。大きくはないがきれいなアマゴであった。
それからというもの、次から次に・・・一つのポイントで3匹釣ると荒れてしまうが、またポイントを変えれば魚がいる。。。藪沢での釣りはそれこそ葦の根元などかなりタイトな釣りを要求されるのが普通であったが、ただ、流心を下流から流せば魚はエサを追ってくれた。
無論、西伊豆の小河川にはアブラハヤがつきもの。しかし、こうした鱒類の活性が高い時、アブラハヤよりも先に釣れてくるのが鱒類である・・・というのは経験則でわかっていたが、これほどまでに極端なことはなかった。
目印に魚が飛びつく、と言う経験も何度もしていたが1日のうちで複数回ある・・・という経験はめったになかったが、この日は信じられないほど目印に魚が飛びついてきた。その上、スレで掛かってきた魚もいた。
魚は一匹目と同様、大きくはなかった。しかし、小さくもなかった。18cm前後のものが多く、たまに20cm以上のものもいたがほとんどが20cm未満の個体であった。当時、オレは偽善的にキャッチアンドリリースをしていた・・・。しかし、この日はなぜか20cm以上の個体を数匹キープしていた。しばらく渓魚を食べないかもしれないという予感、いや、確信だったと思う。
こうした藪沢でも釣りあがれば開けたところが出てくる。ちょっとした淵に出た・・・そこには明らかに視認できるアマゴがいた。そこまでに釣ったアマゴは確か68匹、いや86匹だったかもしれない。もうどうでもいい、って数であったことは確か、であった。
そのいかにも釣れそうな淵を前にしてオレは竿を納めた。もう十分じゃないか、って感じだった。そして、渓流を卒業するには十分な経験であった。神が与えてくれた渓流釣りのフェアウエルパーティかと思えるような釣果であった。
渓魚を求めて約10年、あとにもさきにもない釣果・・・この時、思ったことがある・・・。それが今もオレの考え方の根底にあるもの。
この話、つづく。ちょっとウダ話、付き合っておくれ。
「単なる釣果自慢?」と思われた方も、「投げ釣り」ボタン↓クリックお願いいたします。

ランキング参加中です。1日1回クリックして頂けると私のランキングがUP↑します。
ちょっと題名に偽りありかもしれない。オレの経験上の話であり、普通にこの程度の釣果は上げていらっしゃる方もいると思う。特に北海道であれば、再び実現可能なのかもしれない。
オレは何度も何度も何度も何度も書いているが“渓流釣り”出身だ。学生の頃までは一番好きな釣りといえば、「渓流釣り」だった。禁漁期や何日か休みがあると“ふらふらっ”と他の県に出かけて海釣りをすることがあったが、基本は渓流釣り、しかも多摩川・秋川とその支流と言った東京都の河川が主であった。
それだけに川のことはよくわかっていたし、特によく入る釣り場は魚がどこに入っているかもわかっていた。自分で言うのもなんだが、これらの河川で平水なら半日でツ抜けができていたのでやはり当時は渓流の釣技もあったと思うし、何より通いつめていたという証拠だろう。
釣りに上手い、下手があるのならば、この時期がオレが一番釣りが上手かったころではなかったろうか。
そんなオレでも渓流の魚を30匹釣る、というのは解禁日のような祭りで無い限り、かなり大変なことであった。たまに他府県そして北海道でも川で竿を振ることがあったが30という数字はなかなか越えられない数字だった。
以下のことは過去にも書いていると思う。それだけ印象に強い釣りであったのだ。
大学4年のある日・・・オレは西伊豆にいた。かなり暑さの残る秋口だったと思う。目的はシロギスとちょっと早めの青物狙い・・・だった。ただ、青物なんぞ最終日じゃないと鮮度が落ちてしまう、また、シロギスも半日もやれば天ぷらを作るくらいの数はとれることくらいわかっていた。
禁漁期直前と言うこともあり、オレは川で竿を出すこととした。オレの気持ちの中には翌年から社会人になることから・・・早朝が勝負の渓流に入ることもあまりできないだろう、との思いはあった。だから・・・西伊豆まで行っても川で竿を出してみたいというのはあった。
前から気になっている川ではあった。当時、川の名前も調べていたが今は覚えていない。本当に小河川で、おそらくあまりこの川を相手にするような人もいない、と言うような川であった。オレは地方に行くとこうした矮小な河川に入るのが好きだった。
道路から川におりてしばらくで藪こぎを余儀なくされるような川であった。しかし、その葦などの根元もまた・・・十分ポイントとしてオレの頭の中にはカウントされていた。オレはあえて十五尺の竿を手に持ち、ちょうちん釣りと呼ばれる短い仕掛でその川に臨んだ。
しばらく雨も降っていなかったのか、明らかに減水していた。かなり厳しい釣りになることが予想されたが、当時のオレからするとかえってそれがヤル気を引き出していた。
エサなんぞ持ち合わせもなかったので川でササッと川虫を取って、藪の間に流れる河川に仕掛を入れた。アマゴがいるかどうかもわからない・・・そんな川に仕掛を入れる。糸がふけたままであった・・・ん?すでに魚が掛かっているのであった。大きくはないがきれいなアマゴであった。
それからというもの、次から次に・・・一つのポイントで3匹釣ると荒れてしまうが、またポイントを変えれば魚がいる。。。藪沢での釣りはそれこそ葦の根元などかなりタイトな釣りを要求されるのが普通であったが、ただ、流心を下流から流せば魚はエサを追ってくれた。
無論、西伊豆の小河川にはアブラハヤがつきもの。しかし、こうした鱒類の活性が高い時、アブラハヤよりも先に釣れてくるのが鱒類である・・・というのは経験則でわかっていたが、これほどまでに極端なことはなかった。
目印に魚が飛びつく、と言う経験も何度もしていたが1日のうちで複数回ある・・・という経験はめったになかったが、この日は信じられないほど目印に魚が飛びついてきた。その上、スレで掛かってきた魚もいた。
魚は一匹目と同様、大きくはなかった。しかし、小さくもなかった。18cm前後のものが多く、たまに20cm以上のものもいたがほとんどが20cm未満の個体であった。当時、オレは偽善的にキャッチアンドリリースをしていた・・・。しかし、この日はなぜか20cm以上の個体を数匹キープしていた。しばらく渓魚を食べないかもしれないという予感、いや、確信だったと思う。
こうした藪沢でも釣りあがれば開けたところが出てくる。ちょっとした淵に出た・・・そこには明らかに視認できるアマゴがいた。そこまでに釣ったアマゴは確か68匹、いや86匹だったかもしれない。もうどうでもいい、って数であったことは確か、であった。
そのいかにも釣れそうな淵を前にしてオレは竿を納めた。もう十分じゃないか、って感じだった。そして、渓流を卒業するには十分な経験であった。神が与えてくれた渓流釣りのフェアウエルパーティかと思えるような釣果であった。
渓魚を求めて約10年、あとにもさきにもない釣果・・・この時、思ったことがある・・・。それが今もオレの考え方の根底にあるもの。
この話、つづく。ちょっとウダ話、付き合っておくれ。
「単なる釣果自慢?」と思われた方も、「投げ釣り」ボタン↓クリックお願いいたします。
ランキング参加中です。1日1回クリックして頂けると私のランキングがUP↑します。
この記事へのコメント
このブログに初めて来ましたが、とても楽しく読ませていただきました。
続きを楽しみにしています。
私もご友人と似ているかもしれません。渓流の竿を置いたとき、「次は海だ」と思っていました(笑)。もともと社会人になりましたら「渓流は難しい」とは考えていました。いや、それは誤りなんですが、「私が満足できる渓流釣り」を実現するのは当時東京に住んでいたこともあり・・・なかなか難しく、渓流に行くことはかえって「ストレスを感じる釣り」になるかなと思ってのことでした。
まぁ、この日は一つのきっかけになるには十分な出来事だったというわけです。
始めまして。ようこそいらっしゃいました。まだ始めて半年程度、ページ数300程度、内容はバカっぽいことばかり、感情噴出とまだまだこれからのブログですが、良かったらまた遊びに来てください。