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zoom RSS 人権研修を今年も受けました。毎年同じようなもんです。正しいことを知るということなんでしょう。差別。

<<   作成日時 : 2011/02/12 22:07   >>

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こんにちは。

先日、今年の人権研修というのを受けた。最近は「セクハラ」「パワハラ」というテーマのことが多い。
どこの会社でも一緒であろう。

「セクハラ」というものも一時のような異常なものではなくなった・・・と言うのが正しいのか、そういった風潮に慣れたというのが正しいのか・・・よくわからないのではあるが、あまり抵抗感はなくなった。

「パワハラ」って言うのもだいぶ定義が出来上がってきたのか、「業務上の指導」との区分がはっきりしてきたようだ。

「セクハラ」や「パワハラ」の話が多くなった中で、同和問題の話はテキストにちょっとだけ載っている程度である。

これもまた・・・もうそういうことが無くなったということなのであろうか。それであればいいのだが。

確かにここ「北海道」でそのような話は全くない。いや、本当は近い話はあるのだが、意識がなされていない。地元出身の社員に「そういう事実があることを知っているか?」と聞くとみんな首を横に振る。

確かにオレの生まれ育った東京でもそのような話はほとんど聞かなかったし、オレも高校生になるまでそういう問題があることすら知らなかった。埼玉の一部であった「狭山事件」なるものを知って・・・あくまで当時「興味本位」でそのことについて調べるまではそんなことはわからなかったのである。関西においては考えられないほど「無知」なガキの時分を過ごしたわけである。

埼玉の大陸からの帰化人の歴史はどちらかと言うと美化?されている。そして差別用語とされていたし、されている「部落」という呼称がオレのガキの頃には単なる「ユガテ部落」という観光地化された遊歩道の一部でしかなかった。

ま、オレが思うに「東京」というか「首都圏」っていうのは日本で唯一の「世界都市」であるからして、過去を全く問わないという点においてはそれでいいんだと思う。それが「都市の要件」であり、申し訳ないが大阪も名古屋もそんな域には達していない。その点では地方都市の域を脱しないし・・・そういう意味では札幌の方が「街が新しい」だけによほど「世界の都市」になりうるステージには近いと思っている。

そうして「知らない」ってことはもしかすると良いことなのかもしれない。



残念ながら・・・人間ってヤツは「差別する動物」なんだろうな。

それを根本から直そうなんて考えが「そもそも論」としていけないんじゃないかな。

「弱者を慈しむ」という気持ち・・・大切なことであるが・・・その瞬間に「差別心」を持ってしまうと言うことも事実なんだと思う。

そして・・・残念ながら少なくとも「強者が弱者を食う」なんて世界が「資本主義社会」なのである。いや、どうなんだろう・・・ガキの頃のオレが「万人が平等」なんて勘違いしていた、ともすれば「ユートピア」くらいに思っていた「共産主義」「社会主義」の方がより一層「官僚主義」になっており、恐らくその根底には「差別心」が生まれているんだと思う。

今や・・・いや、過去からそうした国こそ・・・「身分階級」が自然と出来上がっているのかもしれないな。
「一部」と「その他」・・・「その他が平等」であるという思想が『社会主義』『共産主義』なんじゃないか・・・単なる官僚のプロパガンダが「主義」という何か高尚な、いや主客転倒なものとなっているに過ぎないんだろうと思う。

元も子もない言い方をするが「思想」はどうであろうと・・・人間なんて所詮「利己主義」だし「他を排除してでも自己実現しよう」と思うんだろうな。

それでいいと思う。だから「人間」なんだしな。それが「意志」というものかもしれない。



そもそも「同和問題」というのは差別される側が「言われも何もない」ということに問題があるんだろう。

だって・・・人の能力を関係なく「生まれながらにして」そういう地域・血筋に生まれた者をバッシングしていたと言うことだ。

オレは最近知ったのであるが、オレらがガキの頃、社会科の本で知った「士農工商」という身分制度自体が当時はインドの「カースト制」のように“絶対”ではなかったらしいな。

実は「みんな」みたいな言葉で使用されていたらしい。恐らくは「士農工商挙げてこの飢饉を耐え抜こうぞ」みたいな使われ方をしていたんだろう。

オレは小学生の頃、その下にある身分を知らなかった。そして社会科の教科書には正しいことが書かれていると信じて違わなかった。だからオレの祖先は材木問屋という第三次産業という大層低い身分な家だったという理解しかしていなかった。

だから、その下の身分がある・・・と知ったときにたいそう嬉しかった覚えがある。


この、オレがガキの頃抱いた思いこそ「ダメな思想」なんだと思う。
「下を見た時の安心感」のような考え方・・・これがいけない。しかも・・・これは後から「差別問題」に興味を持ってから抱いたのであるが、「個の人間の能力にはなんら根拠もない差別」が蔓延ることに問題があるんだと理解した。

そして「社会の制度」としてそういうものを助長しようとする風潮がいけないんだろうな。まさにオレが抱いてしまったことなんだが、当時文部省が作っていた「社会科の教科書」が身分制度を植えつけるのを助長していたと言えないだろうか?



ほんの一週間前に平岸の居酒屋に行った時、「芝浦屠場」と書かれているチラシがあった。そういったものを堂々とチラシに載せる経営者・・・相当の人なんだろうな。

芝浦地域がかつて「ペット処理場」であったことも、そんな理由なのかもしれないね。

第二次大戦後、多くの戦争未亡人の働く場所であったらしい・・・そして、その地域こそ戦争寡婦が一番多く「生命保険のセールスレディ」になった地域でもあるらしいな。

だから・・・そのチラシを見た時にオレは「歴史」を感じた。そして凄く感動したね。「これが“肉が新鮮”って言う、謳い文句になる時代になったんだ」って言う思い。嬉しかったよ。


ただなぁ、そういった歴史があるってことは知っておいた方がいいと思う。

オレが10年前、関西にいた頃にはそんな差別は確実にあった。

「この地域はヤベえぞ」と言われたことも多々あった。
そしてそういう地域では車のスピードを下げるしかなかった。実際フラフラ出てくる「ジィさん」はいた。



きっと根底は直っていないんだと思う。
だからこそ「同和教育」っていうのはどこの地域においても必要なんじゃないかな。

「無知」とか「不知」はあってもいいけど、最低限の知識、歴史として知っておかねばならないんだと思う。



ヨメの友達で大学の先生をしてる女がいる。
旦那は開成→東大というエリートらしい。

そいつは新宿の近くに住んでいるらしい。

で・・・2年後、「その周辺の同級生・・・近くの地域、歌舞伎町とか百人町とかから来るから中学受験させる。」らしい。

この言葉こそ、「最たる差別発言」でしかないと思う。

オレの妄想でしかないかもしれないが、「世界都市東京」しかもその中心に近い新宿においてこんな会話が成立しているとは・・・「バッカじゃねぇのか」というのがオレの思いなのである。


そこに住んでいないからわからない。
身の危険まで覚えるなら致し方ない。

でも・・・そうならそーんなに頭いいヤツがなぜソコに住むんだ?って話なわけである。

単に「差別的思想」に基づいた選択でしかないのかなと思う。
なら・・・ナゼ自分たちが他の地域に移り住もうという発想に繋がらないのか、という疑問になる。

それはファミリーにおいて「夫婦が最小単位」と考えているように思えるし、それは正しい思想なんだが、その一方で自分たちの論理が強すぎるし、美化しすぎ。

本当は自分の子供に・・・「より良いステージに行って欲しい」なんて思いじゃねぇのかな。
理想形は・・・それはそれでいいじゃん、とも思うが・・・それはそれではっきりした方がいいんじゃねのかな。


こうした・・・オレと同じような「高等教育」受けた輩が世間に蔓延っているのが良くないよな。


根底には「みんな楽しく」みたいなのが基本にあっていいと思うよ。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こちらでも人権研修はサラリと行われ、
次のテーマへ移行してしまいましたが、
(それだけ、いまの札幌では重要ではない
事柄なのでしょう)
神戸さんの文章を読んでいて思い出した事。
中学時代付き合っていた彼女が熱心に読んで
いた本を覗いてみると、それは「橋のない川」
でした。
σ(^^;)は彼女に内緒でその本を購入し
読みあさりました。ショックでした。
何がショックって、その本の内容と、それを
読んでいる彼女に・・・
そして、その当時流行っていたフォークソングの
岡林信康の「手紙」「チューリップのアップリケ」
の本来の意味を知ることになりました。
当時の社会科の教科書にも「士農工商」のみで
それ以外の記述が無い事に怒りさえ感じました。

現在それほど問題とされてはいないようですし、ほとんどの道民が意識さえしなくなった事
とは思いますが、
北海道では「アイヌ」問題があります。
10年位前に若くて綺麗なオネーチャン
達のいるキャバクラ?へ行った時、たまたま
出身地の話になり、σ(^^;)は炭鉱、私は
小樽、私は室蘭なのぉ〜などと明るく話をして
いた訳ですが、一人だけ「私、白老」と、ちょっと
暗い表情で言ったのです。
その子は「ロシア系の血が混じっているかのよ
うな洋風美女」でした。
もしかするとアイヌ民族の末裔なのかも知れません。
σ(^^;)のように、のっぺりとして瞼が腫れ
ぼったい弥生系民族の顔からしてみれば、目が
大きくて彫りの深い洋風な顔立ちにσ(^^;)は憧れ
るのですがねぇ。
50歳を過ぎてなお、外見だけでも「イケメンの
おじさん」と言われてみたい!^^;)



ごへい
2011/02/13 10:23
ごへいさん、本文よりも「深イイ」コメントありがとうございます。
「差別問題」については実はもっと書きたいことがあるのですが、自分のブログ可愛さから個の程度に留めてしまったというのが正直なところでございます。
なんと言いましょうか、身近にも「差別」というのはございまして私も「差別される側」に立つこともあれば残念ながら無意識のうちに「差別する側」に立っていることもあります。
テキストには「言ってはいけない言葉」みたいなものも列挙されておりましたが「弁えて使えば問題ないのでは」というものも含まれておりました。
まずは「差別」に対する『無知』を無くし、そして無用な煽りのようなことをしないということが重要なんだと思っております。
神戸MPV
2011/02/13 11:59

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