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zoom RSS かつて自らが苦しんだ“鬱”。環境と人と。東京を離れて転勤した職場は大阪。あまりに急速な「転落」。1。

<<   作成日時 : 2010/06/25 07:46   >>

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こんにちは。

前ページの続きです。

私は2001年3月初旬に転勤の辞令がありました。
「3月末に・・・新幹線に乗ってもらって・・・大阪で働いてもらいますから。」
ナニゴトにもちょっと芝居かがったような言い方をする上司に大阪転勤を言い渡されました。

私が行くセクションは「かなり勤務実態が悪い」という噂を聞いておりました。
そして私の前任はかなりのベテランであり、社内でも「スーパースター」な人でした。
さらには新しく私の直属の上司となる人は社内でも名うての「パワハラ」(まだ当時はそんな言い方は一般的ではなかったかと思います。)な人でした。

これだけで・・・“鬱”となる条件が出揃ったとは言えません。

この時の私の心持が「ケッ、いっちょやったるか」くらいの気持ちであったことが一番良くなかったのかもしれません。この「鼻柱の強さ」が災いしたのかもしれませんね。

2001年3月30日、春と言うのに雪がチラつくほど寒い1日に横浜の家を引き払いました。しかし、私は引越しの手伝いなどできず、一日中転勤の用意を会社でしておりました。転勤直前まで「引継ぎ書」など書くこともできないくらいに忙しく、土日や深夜に書いており・・・それは何とか終えたのですが、机の荷物を詰めることができずに書類整理も兼ねて最後の土曜日にも深夜まで会社にいたのでした。

帰りの横須賀線で「やっと終わったな」なんて思いながら外の風景を見たとき、なぜだか涙が頬を伝ったことを覚えております。

そして2001年3月31日午前中、上司や同僚に見守られ、新横浜の駅から大阪に向かいました。

大阪には何度も出張などで行っておりましたが、生活するのは初めて・・・周囲に知り合いがいないことを少し不安に思いながらも西宮にあった集合社宅に向かい、引越荷物の受け入れをしたのでした。

その夕方、慣れない環境に素早く反応したのは2歳のころの娘でした。大泣きをしていました。私からするとそれまでは「目の中に入れても痛くない」子でした。なぜだか泣き叫ぶ物心もついていない娘に対して真剣に怒ってしまったことを今も覚えています。怒っている自分が一番不安に感じていたのかもしれませんね。

2001年4月1日、転勤後のセクションに出勤しました。
やけに「静かな」セクションだなぁ・・・っていうのが最初に思ったことでした。その理由は簡単なことで、「パワハラチック」な上司を恐れて「モノ申せない」という感じなのでした。

「まず、この雰囲気変えないとな・・・」なんて思いました。

初日は「挨拶回り」をいたしました。もともと「やや異常な取引先」を担当することはわかっていたのですが、その挨拶回りでも新たな担当者を歓迎する雰囲気は全くなく・・・寧ろ「試す」ような雰囲気でした。

パワハラチックな上司は・・・意外にも私には優しかったのでした。確かに転勤してすぐに戦力になるとも思えなかったのでしょう・・・最初は「お客さん」扱いでした。

しかし、同僚に対しては「恫喝の日々」でした。
毎日彼が言っていたのは「昼間会社に座っていても仕事にならん、出て行け。毎日100万円の新規契約を獲得するんだ!」でした。愚の骨頂だな・・・と思いながら、「早晩自分にも同じことが向けられるのか・・・」と思っていました。

2週間ほど経ったある日、この上司に私の方から「仕掛けて」しまいます。

まだ入社二年目の後輩に対してその上司は異常なまでに「行き過ぎた指導」をしておりました。
夕方打ち合わせ室に連れ込むと1時間半あまり・・・怒号が飛んでいるのが外にいてもわかりました。
おそらく灰皿かなにかを投げているのではないか・・・というようなモノの飛ぶ音が聞こえたりもしました。

私は先輩社員に言いました。
「ちょっと異常じゃないですかね。」
先輩社員は
「仕方ないよ。」と言ったあと、
「変な気起こすなよ。お前がやられるぞ。」とも言いました。

私が先輩社員の言う「変な気」を起こすのにはそう時間はかかりませんでした。
その後輩に怒号が飛んでいる中、私は打ち合わせ室に入ります。
「彼が何をしでかしたか知りませんが、あまりにもかわいそうです。後輩を育てるのも自分の仕事と思っていますので私にもお聞かせ頂きたい。」

後々、こんな言葉を吐いたことに対して“後悔”するとは思ってもみませんでした。この言葉を吐いた後から上司の矛先が私に向かったことを“後悔”したのではありません。「鼻柱」が強いだけで何の実力もない者が「ええかっこし」でこんなことを言って・・・後輩に対して何の責任も取れなかったことを“後悔”するのです。

“後輩”が怒られていたのはある大きな案件に対して何も歩を進められていないことでした。
ただ、入社二年目の彼に全てを委ねるような話ではない感じがいたしました。

「私が彼といっしょにやります。」
「オマエ、できなかったら責任取れよ。」
「はい。」

この後、自らの頭の上のハエさえも追えない者が「無責任な正義感だけで」他人のお節介をして・・・自ら転落をしていくのでした。

つづく。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
神戸MPVさん、こんにちは。

お仕事の都合で北海道へ来られて、
どうですか? 北海道?
冬は寒いですが、心温かい人もいますよ。

以前からコメントしようかどうしようか?
なかなか、小心者の自分はコメが苦手です。

仕事大変そうですね。

神戸さんのブログを読むと自分には書けない部分を書いてくれているので、ストレスを発散させてくれる内容も多々あります。

ここの記事の文章中で
>「私が彼といっしょにやります。」
>「オマエ、出来なかったら責任とれよ。」

以前の会社で僕が社長に言った言葉を
思い出しました。



タカノハGET!おめでとうございます!




ポトス。
2010/06/25 11:13
ポトス。さん、こんにちは。はじめまして。
北海道、楽しいですよ。あまり環境に順応しない人間のようですが、札幌では良い方々に恵まれて今やワガモノ顔?です。
仕事は忙しいですが、時節柄、働いていられることが幸せだと思っています。ブログ内で愚痴ることも多々ありますが、わがままな話ですよね。
実は今回のネタは相当のストレスを感じて書いております。やはり私からすると思い出したくない、恥ずかしい過去ではあるのです。
ただ、「キャリア」がそういう思いだけを持って何もしないことがその病に対する偏見が強まるような気がして何とか書いております。
実は私も小心者・・・だから普段はあまり「言いたいことも言えない」ことが多いのです。だから、ブログという場所でしか言いたいことを言えない・・・そんなものです。
ですから、ポトス。さんも私のコメ欄では自由に発言してくださいね。批判的な内容、文句、なんでもOKです。
タカノハ・・・あれは私が釣ったというよりは皆さんにご教示頂いた結果・・・です。
今後とも宜しくお願いいたします。
神戸MPV
2010/06/26 08:26

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