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zoom RSS 学歴社会のルートに乗っかったけれども普通のおじさん。あの苦労?で得た自分のメリットを生かせるのか?

<<   作成日時 : 2010/04/03 09:48   >>

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こんにちは。

先週は年度替わりの週であった。
水曜日までが旧年度、木曜日からが新年度だったわけであるが、週の半ばに年度が替わるというのはどうも「余韻を楽しむ」間もなく、すべてがゼロクリアになるようでなかなか疲れる感じがするのである。特に「営業」なんてことをやっていると「追い込み」いや「追い込まれ」をしていて、ちょっと「ホッ」とした時間を作りたいところなのだが、そうもいかないというのが2009年度末だった。
カレンダーの曜日の並びで致し方ないのであるが、やはり「年度末」とか「上期末」とか言うのは「やりきった」上で、週末に「少しホッとできる」感じだといいんだけどな。

おかげさまで2009年度は「なかなかいい成績」だった。一つの会社やグループの中でも「売上の見方」はいろいろとあると思うのだが、総じてバランス良く成績を収めたというのは今オレがいるセクションだったと思う。会社もそう見てくれていると思うんだな。特にオレが関わっている部門は「全国トップ」を自負してもいい成績であった。

しかし、どうなんだろうな・・・会社としては「よくやったね。」くらいのお褒めの言葉はあるに違わないのだが、「なぜそういうことになったのか」ということへの追求があまりにも無いような気がする。これは「できた」時ばかりか「できなかった」時も同じのような気がするんだな。

オレが宮仕えする会社はきちんと「中央集権」がなされている会社だと思う。無論、それに異論はないし、寧ろそういう会社にいて「良かった」と思う。

オレが20代後半から30代前半に“顧客”としていた業界は完全に「地方分権」の業界であった。
その地、その地の強みの集積が一つの会社を成り立たせている風にオレには見えた。その結果、非常に俗人的なセンスのもとに仕事がなされているかのように第三者としても見受けられたわけなのである。だから、当時今よりも「ぺーぺー」だったオレにとっては羨ましくも思えたワケで、「やりがいがありそう」くらいに思っていた。

しかし、その一方であまりにも地方分権が進んでいるために例えば「経費がダダ漏れ」的なものが見受けられ、結果『資本の集中』がなされないままに財務が悪化していく・・・いや、持ち直せない・・・というのが現在存在しない、あるいは形を変えた個々の顧客の当時の末路だったように思う。
バブル期のような「良い時」は地方で挙げた利益の余剰の「吸い上げ」で十分会社として成り立っていたのであろう。そしてその「余剰」でやってしまったマネーゲームが後々の企業活動を阻害する大きな要因となったと世間では見られがちなのであるが、「悪くなった」時にそのままズルズルといってしまったかどうかは良い時に同じようなことをしていても会社としての「態勢」が出来上がっているかどうか、ということにかかっていたのではないかな・・・と思うわけである。
顧客の「地方分権ぶり」に当時随分悩まされた者の感想。

一方でオレの宮仕えする会社はそういうところがない。
ただ、あまりにもなにもかもが本社部門からの「押し付け」であるがために「働きがいがない」という気分になる者は多いのではないかと思う。現に「御用組合」である、オレも属する「労働組合」も何年もそんなことを言っている。ただ、それに対する「弱き?組合員」から出てくる言葉は「処遇」と「休暇」というあまりにもわかりやすい「低脳ぶり」を見せ付けるかのような“要求”だったりするので「どっちもどっち」いやそれが会社の構成員だったりするわけだから非常に危機感を覚えたりもするのである。

今回、「なかなかいい成績」だったことについても本社部門は「マネージャーが雑巾絞ったな」くらいの気分なんだと思うんだな。こういう時に「ノウハウを聞こう」なんて風土は残念ながらオレが宮仕えする会社にはない。

「だからウチの会社はダメなんだよなぁ」と愚痴を言う前に・・・今年度もまた「なかなかいい成績」を挙げて「たまたまでしょ・・・」感をまずは払拭しないといけないんだろうね。何年か勝ち続けて初めて「見てもらえる」。悲しい話だが、それが現実なんだろう。
あー、また「忙しく」なりそうだ。

さて、オレは学歴社会のルートに乗っかった者の一人だと思っている。
四十(しじゅう)を過ぎて・・・出身校を聞かれたりすると「頭いいんですね。」とか言う感想をもらう。
まぁ、けなされているわけではないので、決して悪い気はしないのであるが、「これってどうなんだろう」と思うわけである。

オレの仕事ぶりとかもっと言えば飲み屋でのよた話なんかを何度も聞いているとかいうヤツがオレの出身校を聞いて「だから頭いいんですね。」という感想ならわかる。しかし、出身校を聞いただけで「頭いいんですね。」というのはあまりにも早計なんじゃないかな、と思うのである。

学歴ルートに乗っかった・・・と書いたがそれは実は「乗った」のではなく「乗せられた」と言う気がしてならないからそういう書き方をした。そう、オレの場合は両親、いや「オフクロが教育熱心」だったのである。もうひとつ言えるのは決して「苦学」したわけではないので、「オヤジの経済力」に支えられ、「勉強だけしてりゃいい」くらいの幸福な環境にガキの頃にいたというだけの話なのである。

そういう意味では「いい学校を出た」のではなくて「いい学校を出してもらった」ということであり、オレが出身校を言っただけで「頭いいんですね。」と言われるのは「親の功績」でしかない・・・最近はそういう感想をもらうと「親が誉められている」と思うようにしている。親の功績のアラで未だにそういうことを言われるんだな、と。

オレが敬愛する元上司は「赤門出身」。確かに頭がいい。ただ彼は言っていた「赤門出て、ウチの会社にいる時点で落ちこぼれ」。まぁ、そういうことなんだろう。そういう感想を抱くのはよくわかる。

「いい学校に入れてもらって」いや、中には「いい学校に入って」それを生かしている人も沢山いると思う。そういう人は「入った」だけでなくその中で相当努力をして能力を伸ばした人なんだと思う。成人するかしないかできちんとそれまで培った能力を次に繋げようとしたんだろうね。自分と言うものがその時点で出来上がっていたということだと思い、偉いと思う。

一方でオレの場合はどうかというと4年間完全に思考停止した。当時バブル期だったこともあり、毎日アホやっていても飽きることなく、そして「まぁ、単位ギリギリでも4年間で卒業すればどっかの会社には入れるでしょ。」くらいの気分でいたのである。なめてるよな。

学校に入るのにいくらかでも昇華した能力・・・それはその時点での「記憶力」と「集中力」という能力は、堕ちていくのも極めて早い・・・のであった。

社会に出てからそれなりに「荒波」に洗われると真の意味で「頭がいい」という人に何人も出会った。それは決して「学歴」ではなく、「人間力」とか「生活力」とか「商才」とか・・・自分には足りないと思われるようなところで「頭のよさ」を覚えるのである。それはもう「とうてい敵わない」し、オレがなにをしても「叶わない」と思うほどの圧倒的な力を感じさせられる。

社会に出てしばらくして・・・「真の意味で頭いい」という人にはなれないと感じた。そしてまた「いい学校に入っても努力した」人にもなれないと思った・・・しかし、自分の置かれている環境と言うのは世間から較べれば「かなり良い」と思っており、現状には「満足」せざるを得ない。

ただ、その環境においてもそれなりに厳しい部分はあり・・・日々、決して楽に生きているとは思えない。上昇志向がなくとも・・・そうなのである。それはオレの年齢からするとすでに「生き残るために」というネガティブな表現をせざるをえないのかもしれない。

そこでオレが今までやってきたことの中で生かさなければならないのは、あの「18歳のころの記憶力と集中力」なんじゃないかな・・・と思う。敷かれたレールとは言いながらも、当時よくわかっていないながらも「苦しい」と思った経験を生かすしかないんじゃないかな、と思うわけなのである。

まぁ、40年以上生きてきて・・・それくらい「何も残っていない」と言えば・・・それまでなんだけどね。

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