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zoom RSS 東京湾の海の状況は?実家近くの水路も日々姿を変えていて。釣りの楽しみとオレの老後と。。。

<<   作成日時 : 2009/11/07 07:14   >>

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こんにちは。

昨日は札幌に帰ってくるだけの日だった。
本当は義母の葬儀に参列してもらった「ご近所さん」にご挨拶に行こうかと思ったのだけれど、義兄とヨメで済ませるというから・・・任せておいた。

オレは周りの人間が優秀なので・・・今日は慌てるような仕事もなく、久しぶりにネットカフェにも行かなかったので非常に暇な日だったのである。
而して、オレのDNAを思いっきり受け継いでいる小動物(長男)が朝早く起きてきたので、午前中もてあましている彼を連れて近所の水路に行ってみた。釣竿は持っていかなかった。

本当に穏やかな日・・・だった。風がほとんどなく・・・ポカポカとしている日だったよ。こんな日は魚が釣れなくても1日釣り場にいたいような日だったな。

午前10時、釣り人は数人いた。この水路の入口で・・・警察が「ネズミ捕り」するくらいだから、車を置くスペースは逆に言えば沢山ある。
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そう、最近はオレがお世話になった釣り場も含めてかなり路上駐車は神奈川県警の取り締まりの対象なのだ。特に鳥浜にコストコができてからその傾向は激しい。

そんな中でオレの近所の水路脇は「治外法権」とも言えるような場所で駐車ができちゃう場所なのである。
それだけに人が多い・・・釣り場でもある。休日は勿論であるが、平日も近所の年金暮らしのジィさんたちのコミュニティの場となっているのである。

この釣り場も・・・実は10年くらい前までは穴場的な存在であった。ちょうどそのころは首都高と横浜の環状線の工事をしており、この釣り場に車で入ることが困難な時期であった。その頃はソーラスの影響もなく、周囲の釣り場も変な表現ではあるが「入りにくいとは言いながらも入れた」状況にあり、その頃から「さほど魅力的ではない」この釣り場にはあまり人が入らなかったのである。

オレが結婚し、この地に家を借りたのはちょうどその頃であった。それまで川釣りを主とし、海は磯釣りに行っていたオレが「投げ釣り」が中心になった頃でもある。
それまでのオレは「海は遠くに行かないと釣れない」みたいな感覚があったのであるが、「目の前が海」という生活になって一気に身近な存在になった頃とも言える。

その頃の当地は春にはフッコやメバルが沢山釣れ、夏には川筋でウナギが釣れたし、青物も時々岸壁にやってきた。秋になるとハゼやキスが釣れ・・・時にはカイズなんぞもかかってきてくれた。冬は・・・カレイの産卵場になっているらしく・・・特に12月に入ってからの夕マズメ時には大きなマコガレイが釣れてくれた。ちょっと時合が外れてもきちんとアナゴというお土産が釣れてくれた。

首都高と環状線の工事が終わるとこの釣り場は一気に衰退していった。それは釣り場に入りやすくなって「釣り場が荒れた」という目に見えたものだけではない。環状線のバイパスを作る関係でこの水路の上流に何本かの橋脚を作ることとなって、川の水そのものにセメントなどが入ってしまい、ハゼやウナギなどは一時期「まったく釣れない」という感じになってしまったのだ。

そういうこととなると・・・東京で働いていたオレもこの釣り場から「目を背ける」ようになり、1年に一度竿を出すか出さないか・・・ってことになる。
「どうせ釣れやしない」という感覚は一気に釣り場を疎遠なものとし、情報すら取らない状態となる。

一方で、ソーラスにより、狭い釣り場が更に狭くなっていった時代でもあった。岸壁に出られることすらままならぬ状態の中、この釣り場は“今さらながら”という感じではあったが『雑誌の記事』になるような場所となったわけなのである。

『雑誌の記事』には本当に良いことが書かれていた。しかし、一度「どうせ釣れやしない」という感覚を持った者にはそんな記事は“眉唾ものでしかない”という穿った見方しかできないようになるのである。

だからこそ・・・ほとんどこの釣り場には行っていなかった。

この夏、帰省即入院という憂き目?に遭って・・・退院後そのリハビリとばかりにこの釣り場に通った。

自動車という存在はかくも大きなものである・・・と思うのは実家から釣りに行こうとする時である。実家には自動車がない・・・ので釣り場に向かうには電車、徒歩、自転車・・・しかない。
「釣り場がない」とは言いながらも10年以上その近辺を「主戦場」としていた者にとって他にも「釣り場はある」に決まっているのであるが、それは「自動車」という“足”があること前提、それがないとあらば「行けるところに行く」しかないのである。

釣り場は様変わり・・・しているハズもなかった。夏休みと言う時期であったからして人だけは沢山いた。そしてよく言われる表現として「魚よりも人の方が多い」ということがぴったりとくる感じだったのである。

一方で・・・期待もせずに行ったにも拘らず、底の状態は「かなり良くなった」と感じた。最初は釣れなかったが「こりゃ復元したかも」と思わせられるような状態であり・・・その頃ブログにした通り「釣り方によっては釣果を得られる」くらいの釣り場にはなっていたのである。

以前と比べ、釣り人は多くなっているのでその面は「釣り難くなった」のであるが、道路建設によって一度瀕死の状態に陥った“自然”はこの場所に限って言えば運良く「海の自浄作用」に助けられた形となったのである。

そして・・・今回も・・・本来なら釣りなんぞしている立場にはなかったのであるが・・・やはり釣りをした。そしてこの場所には二度竿を入れてみたし・・・毎日のように見に行っていた。

二度やったとき・・・一度は雑魚ながらも魚が釣れ、二度目は魚信を得られるのが困難なほど生体反応に乏しかった。

そして・・・昨日、小動物とともに改めてつぶさに水路を見て歩いたのである。
この日はたまたま潮が澄んでいたのに加え、週の初めに降った雨の影響も落ち着いたので底まで海の中が見えたのである。

海に近いところはコマセを撒いている人がいたせいもあって沢山のウミタナゴが群れていた。いや、魚のいないところにいくらコマセを打っても魚は寄ってこない・・・このウミタナゴが群れている様もまた、変化なのであると思う。

水路を上っていくとそこここにフッコが泳いでいた。フッコが泳いでいるということはそのエサとなる小魚がいるはずであり、案の定、船の下やロープの落ちているところにはウミタナゴやメジナ、メバル、カワハギといったものの幼魚が泳いでいたのである。
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そして以前とは較べられないが・・・カイズと言うにはチョイと小さな「チンタ」クラスのクロダイの幼魚も数匹視認できた・・・帰ってきたんだね。

今回義母が亡くなって・・・少しだけ将来のことを考えてみたりした。

オレは「なるようになる」「なるようにしかならない」なんて考えてしまうヤツなんだが、配偶者がおり、子供がいるという状況を考えれば本来それではいけないんだろうな。

ただ・・・「なるようになる」を地で行くと・・・オレは将来、この横浜に住んでいる可能性が高い。それは保障されたものでもないし、まぁ、一番「自然体」だとそういうことになるんじゃないだろうか。

自分の両親を見、ヨメの両親を改めて見ると・・・「老い」というものに関しての“恐怖感”が生まれる。

ただな、オレには幸いなことに「趣味」がある。いいのか、悪いのか・・・だけど・・・これの「ある、なし」ってのはとても大きいような気がする。

老いて体が動かせにくくなる一方で、「何かをしたい」って気持ちを持っていればまだ体を動かそうとするんじゃないかってね。

30年後、とぼとぼとこの水路のヘチを覗きこむオレがいるんじゃないか・・・って。「お、カイズが入ってる。竿持って出直すか・・・。」

生きていれば・・・の話だけどね。

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