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zoom RSS 実家の場所。残念ながら尊敬しちまうオヤジの死に場所に勧めた場所。正解、不正解?よくわかんねぇな。

<<   作成日時 : 2009/11/26 07:36   >>

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こんにちは。

実は、明日結構びびっていることがあって・・・今ひとつ酔えない感じなんだよな。
あまり詳しくは言えないんだけど「世界の違う方々」がお客さんとしていらして、オレらを亀甲縛りにするらしい。
オレはドMなんだが、あまり・・・望まない「辱め」だな。

ま、それはいい。

オレが釣り好きなのは、オヤジの影響が大きい。いや、アイツの責任なのである。
三歳のとき、オヤジに連れて行かれた・・・恐らく今でもある東京都世田谷区の千歳烏山というところにある室内釣堀に連れていかれたことが、この「ドアホ」のスタートなのである。

たまたまではあるが、オヤジの代わりに竿を持って・・・椅子なんかを持ってきてもらって・・・竿を上げてみたら「白くて尾の長い金魚」が釣れていた。さすがに「ボケ老人」とならない限り、そのころの思い出を脳波で感じることはないと思うのであるが、その「金魚」を釣ったシーンだけははっきりと覚えている。

その後、和泉多摩川に行きクチボソを掬ったり、近所の寺町に行って寺に侵入して・・・おたまじゃくし掬ったり・・・そして練馬に引っ越すと毎週入間川にヤマベ(オイカワ)を釣りに連れて行ってくれた。

オレが小学校五年の時だったと思う。
その日は「芦ヶ久保」という駅で下りて家族三人で珍しく「芦ヶ久保果樹公園村」のある日和山とかいう名前の山にハイキングに行った。
プラムかなんかをオフクロが摘んで、しいたけを炭火で焼いて食べ、下山途中にある沢では「恒例」のサワガニ取りをしたと思う。

そして・・・山を下りると遅い昼飯を食った。芦ヶ久保の駅の近くにある食堂で「うどん」を食ったと思う。そのうどんをオヤジは大切にちり紙に包んだ。そして・・・店を出ると「ちょっと釣るか?」とオレに聞いてきた。オレはもうその時には「三度のメシより釣り好き」という状態だったので、二つ返事だった。

今でもそうかもしれないが、当時の芦ヶ久保は「マスの手づかみ」みたいなイベントが夏休みにあり、それを演出する「河原の造成」があった。そしてその「溜まり」は良いウグイのポイントとなっていたのである。
北海道の方は「ウグイなんぞ・・・」と言うかもしれないが、関東の「川釣り好き」人間にとっては冬季のそれは「寒バヤ」と言って難しい釣魚の代名詞のようになっているし、活性の高い時期に釣ってもそれなりに「楽しめる」魚なのである。

その場所に2人で立って・・・オフクロは後ろの河原にいて・・・遅い昼飯でとっておいた「うどん」にオヤジがサナギ粉をかけて・・・それを爪で切ったエサでウグイを狙った。

オレにはいつも通りの釣りのような感じがした。
しかし、オヤジは言った「うーん、もうオマエの方が上手いな。」

その時は「オヤジなに言っちゃってるんだか」と思ったものだが、その後、オヤジよりオレの方が釣る・・・なんてことが起きるようになる。

今さらながらガキの頃を思い起こせば、「はちゃめちゃ」なオヤジなのである。

3歳で釣り、6歳で酒、12歳で麻雀、15歳でタバコ・・・すべてオヤジから“習った”ものなのである。高校生のころ浅草と言うか千住と言うか・・・そのあたりの“風呂”に連れて行かれたこともある。その間もオレはさしてオヤジに反発することもなく、仲良く一緒に釣りに行っていた。オレが小動物(長男)に同じことができるかと言うと・・・難しいんだろうな。

オレが大学4年のときに会社が倒産し、持っていたものはなーんにもなくなっちまったが、幸いにもある大手企業に拾ってもらうと・・・以前から付き合っていたメーカーさん、お客さまが応援してくれ・・・倒産した会社を整理してすぐに生活ができるようになるのであった。迷惑をおかけしたのに本当にありがたいことである。あまり社会人とか商売人としての意識をしたことは無かったがそのあたりの現象を見ると“うかがい知れるもの”がある。そしてすっかり真面目になった?オヤジは10年経たずしてマンションが買える見込みがつくくらいの貯金を作る。

当時オレはゼネコン業界を担当していた。一昨日、穴吹工務店があんなことになったがその当時の不動産市況もかなり冷え込んでおり、オレの仕事としては「毎年何かが起きる」という状態、今思えば良い経験ではあるが当時は非常に厳しい感じであった。一方でその“冷え込み”は最終ユーザーにおいては「物件を手にしやすい」ものとなる。

オレは自分のお客さまに「お買い得物件」を知らせてくれるよう頼んでいた。
都内で数箇所、神奈川で二箇所の物件をご案内頂いた。その案内をオヤジに渡していた。

オヤジはちゃきちゃきの江戸っ子・・・当然東京の物件に興味を示した。
しかし・・・オレは「この横浜の物件はどう?」と言うと「いやぁ、神奈川だろ?」・・・彼は東京以外で住んだことがなかったからか・・・首都圏にも拘らず抵抗感があったらしい。まぁ、七十の声を聞こうというときにあまり違った環境に移り住むことは抵抗感があったのだろう。

オレはある週末、オヤジをドライブに誘った。
横浜のその物件の近くに行った。でも・・・モデルルームなんぞには行かず・・・近所の海を回った。徒歩圏、チャリンコ圏、そして電車で20分圏内・・・釣りができる岸壁を回った。

ちょうど秋で金沢八景のとある岸壁でハゼが釣れていた。そこでコンビニで買ったおにぎりをパクつきながらオレは言った。
「職場からも近い東京に住み続けたいという気持ちはわかるんだけど・・・これからの人生働く期間、引退後の期間
考えるとさ、釣りができるところが近い場所って言うのもありかなと思うんだよな。オレも結婚しちゃうとオフクロと2人だろ?オフクロには話したら『お父さんがいいならいいよ』と言ってたし。仕事ばかりじゃなくてもう人生楽しむことも考えたらいいんじゃないかな・・・と思う。」
オヤジは即座に言った。
「モデルルーム見に行くか。」

他の物件はお断りし、横浜の物件にすることに決めたようだ。もともと電車釣行だったオヤジはチャリンコ圏、徒歩圏も含めて、いろいろな釣り場を見つけてきた。オレも結婚後、ヨメの実家にも近かったこともあり、新しい実家の近所に2年くらい住んだ。相変わらず、オレの一番の釣友はオヤジ、なのであった。

それから10年余り・・・78歳になったオヤジはさすがに釣行回数は減った・・・ようだ。それでも月1回とか2回とか行っているらしい。そのたびになんらか「晩飯のおかず」を釣ってくるようだ。年齢を考えれば海が近くてもその釣行回数はいたし方ないのかもしれない。熱帯魚や観葉植物や絵画など・・・他の趣味もやっているようなので、まぁ、それはそれでヨシなんだろうな。

オレが横浜の物件を選んだのはもうひとつ理由があった。「もう、さっさと引退しろ。」
しかし、コチラは大きな見込み違い・・・毎日ではないようだが元気にまだ働いている。とても真似ができない。
オヤジ曰く「若い人に仕事を知って欲しくてな」。
周りに迷惑をかけなければ・・・それも健康のためにいいのかな、と思うのであった。

たまに帰るとまずオヤジが口にする言葉がある。
「オマエ、ちゃんと働いているんだろうな。家族や周りの人に迷惑かけてないだろうな。」
“大きなお世話だよ”と心の中でつぶやくが、「憎まれっ子、世に憚る、って感じだな。」と答える。

いつまでも親は親ってことだね。

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