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zoom RSS 入院中暇だとテレビや雑誌を見てしまったり。選挙を前に官僚=悪という論調はそれでいいのか?という疑問2

<<   作成日時 : 2009/08/27 08:16   >>

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こんにちは。

前回、テーマとは別のことを書いちまって中途半端に終わっちまった。というか何も書いてない。どーしてこういうことになるかというとそれはオレが「注意力散漫」というガキのころから言われ続けていることに起因すると思う。

今日はテーマ通りに書いてみたいなぁ、と思う。たぶんダメだけど。

前回あんなことになっちまったのは昔から言われている通りメディアは「第4の権力」であり、未だにそれは“事実”としてあるものの・・・オレが毎日のように利用させてもらっているネットの出現により、一層「体の悪いもの」となったような気がするために・・・「あー、こんな論調もネット文化が広がったおかげかな」なーんて思ったのである。

何ていうかな、「世論迎合」のレベルがネットの出現によって「低く、低く」なっているような気がするんだな。まぁ、個人的には世間もそのへんのネットの限界をしるべきなんだろうな、って思う。どうもモノゴトをとらえるレベルがコイツの出現によって「より低位」になびいているような気がするのだ。言葉を選ばずに言えば「誰でも発言できる」ネットができ、こーしてオレなんかが毎日好き放題書いていることもそーなんだが、世間が「バカを相手にしすぎる」ような風潮になりかけているよーな気がする。

まぁ、それはいいや。このことを「ああだ、こうだ」言うとバカ代表として毎日のように書いている「行き場」がなくなっちまう。

で、テーマ通りのことを言うと「本当に官僚が悪いんかなぁ」と思うんだよな。
とっても普通にしているヤツらのような気がするんだ。

オレは明らかに「偏差値世代」であり、「学歴社会」で生きてきたので、「官僚=悪」なんてことは思いもせず、彼らこそ「生きていくうえでの理想形」なんて思ってしまう。
「頭のいい子」たちの集団は頑張ってきた分「それなりの利権の掌握」をして「なにが悪いんだろう」くらいに思ってしまうのである。たぶんそういう発想自体が世間では「ダメ」っていうことになるのだろう。

ある現象に対して・・・例えば「血税」による彼らの経費予算をこなすがために「マッサージチェア」とは「いかがなものか」という議論が普通になされているのであるが、オレらに本当にそれらの事象を批判できる立場にあるのかってことは甚だ疑問を感じるのである。

ひとくくりに「官僚」といってもさまざまな人がいるんだよな。そのほとんどが「真面目に人生」過ごしてきていると思いたい、いや、思うんだな。

オレ自身もそういう点においては実はかなり「真面目に過ごしてきた」と思う。
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関東に帰っていたときにそんなこととは無縁な「オーナー社長」とメシを食った。オレより若い人なんだが、真面目に会社経営をしている人だ。

彼が言ってたのは「本当に日本人は立場が必要かつ重要なんですよね。」だった。

彼が言わんとしていることは要はこーいうことである。「日本人の雇用は現在の生活を下げない」という経済的な理由も大いにあるけど、かなりプライドとか権利意識という精神的な部分も持ち合わせているよね、ってことなのだな。

具体的に言えば彼がM&Aを敢行したときに、吸収された側の“旧”の経営陣は新しい体制に入ったときに「役職」が欲しいらしいのである。そのへん「身入り」をある程度削っても「欲しい」らしい。言わば「名刺」っていうのは必要でそこに書いてある「肩書」っていうのは「労働してる」ってプライドとして、当人の過ごす「周囲」という名の「世間」について「とっても重要」なことなのらしいのだ。

経済的に「生活を下げる」というのも難しいのであるが、「肩書もあんまり下がる」っていうのは良くないことらしい。

官僚と呼ばれる人は各省庁にいるときにそーいうものをかなぐり捨てなければならない立場にあるらしい。
よく言われるのは「同期で事務次官になれるのは一人だけ」ってこと。つまり40くらいにして自分の行く末が見えてしまい、ほとんどの人が今まで思い描いてきた「上昇志向」がストップしちまうらしいのである。

それはオレとて「同じようなもん」で、今や上昇志向もなくなっちまったのだが、それは官僚と呼ばれる人たちとレベルがはるかに違うのだ。彼らは本当に「真面目に」今まで日本が作ってきたシステムに則って生きてきた「できる子」の代表として勉強し、努力してきたにも拘らず「そーなっちまう」らしい。無論全てとは言わないがスタートラインとしては大いに努力し、周囲には「末は博士か大臣か」なんて言われた人々が人生半ばにしてそうなっちまうということはかなり「悲しいできごと」なんてオレは同情するのである。

「そんなこと言ったって天下り先があるだろ」って言うのが世間の論調なんだが、「それくらいあってもいいんじゃねぇか」と思っちゃうんだよな。あんまりそういった論調が強まることによって「独立行政法人○○」みたいな名刺は世間に対して後ろめたさを感じざるを得ないなんて、個の人間として真面目に過ごしてきた人にとってはあまりに「悲しいじゃないの」っていうのがオレの思うところなんだよね。
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少なくとも官僚と呼ばれる人たちを「批判」できるほどオレらが個々の人間として「清廉潔白」な生活をしているのかというと「そうじゃねぇだろ」と思うのである。

かつて今よりも「官僚政治」華やかかりしころ、日本は輝いていたような気がする。本当にガキの時分のオレは「右肩あがり」な日本の中で心の余裕をもって生きてきた気がするんだよな。自分の生活はさておき・・・なんか恵まれている気分であった。

「官僚が、官僚が、官僚が・・・」って言うけれど、今の経済低迷があるのはバブル期に「総中流意識」の中で余裕のできた「普通の人」が気づかなくてもいいことに気がついて「ヘンな平等」を叫び、思ってもいない「フェミニズム」をなぜか無理やり表に出しちゃったのが契機のように思うんだよな。

あのころから「権威職」みたいな言葉を消そう、みたいな風潮になったと思う。それまではなんであれ「先生」と呼ばれる職業は「表も裏も」立派な見え方をしていたし、だからこそ「プライド」もあったと思う。否、「先生」じゃなくともほとんど全ての人がそうだったんじゃないかな。何か明るく自信を持っていたように見えた。うる覚えになった「古き良き思い出」が今と照らし合わせてそういう思いにさせてるだけかもしれないけどね。

当時、日本が成長しすぎて国内の公共工事が飽和状態になっていたことも相俟って、「談合だ」なんだと批判し、清廉潔白を叫びすぎてしまったがために本来従事する人口が一番多い「マジョリティ」たる建設業をその他大勢の「さらにマジョリティ」の“世論”が彼らを「マイナリティ」に追い込むことによって困らせることとなり、雇用の確保もままならず税収も自然減しちまったっていうのもこんなことになっちまったのも原因の一部じゃないかな、と思ってしまったりするのである。
必要悪の範囲を狭めることがむしろ自らの首をしめることとなったような気がするのである。

そのころから「節税」みたいな話も出てきて、「国」に対しても“渋ちん”になっちまったよね。そんな中で「払わない」風潮が高まれば間接税たる消費税を上げようって発想も単純には賛成しにくいものの「わからんでもない」と思ってしまうのである。「払ったもん負け」という気運がある以上「自然と払う」システムを構築するようにするのは発想として貧困かもしれないが致し方ないのかな、と思う。

あんまり難しいことはよくわからないのでこれ以上言うとバカ丸出しを助長するにすぎないのでやめておくが、「血税」なんて言葉とは無縁に「源泉分離課税」の下に納税義務を負っている「かなりマジメな国民たる」オレら普通の人としてはもっともっと「使われ方」という部分に対して「官僚に期待」したほうがいい、「頑張ってよ」という思いを持ったほうがいいと思うんだよな。官僚という職種も、もうこれだけ言われていれば十分でしょ。
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オレの知り合いに「官僚」といわれる人は数人しかいない。人生の先輩、同期、後輩・・・といるがどの人も真面目で優秀な人である。自らの立場も考えて「立ちションもしやしない」ような人たちだ。彼らを見る限り「官僚=悪」なんて言葉は出ようはずもなく真面目にオレらの生活について考えている。
そして個の人間としては本当に尊敬すべき人たちだ。

寧ろ彼らが「立ちション」くらいできるような世の中の方がおおらかでいいと思うんだよね。個の人間としては。

冒頭の話に戻ってしまうが、ネットはそんな「個」までも批判しちゃうよーな感じがするんだよね。
ハンドルネームで好き放題書いているオレが言うのは変な話だが、匿名性のある「暴言」が自らの手を見つめずして吐かれ、それに無責任に重ね書きすることが普通になっているというのは本当に厚かましい世の中になっちまった感じがするんだよな。

気をつけないと。こんなこと書いていて最後は「自戒」にしかならないんだけどな。あ、いつの間にかまたテーマから外れていたね。

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内 容 ニックネーム/日時
霞ヶ関官僚の超過勤務時間は、月200時間と言われています。
皇太子妃の外務省現役時代の超過勤務も月200時間と公表されていました。
公務員には、労働基準法が適用されず、いくらでも過酷な労働条件となります。
その代償としての給料は高くありません。
公開されているので明白ですが、40歳で、40万円代といったところでしょう。
おっしゃるとおり、同期が事務次官となったときに、一斉に退職する慣習があり、50歳過ぎで退職しなければなりません。
おそらく大学生の子供を抱えた年齢で、いちばん金が必要な年代でしょう。
天下り先も、関連会社と考えれば、やむを得ないのではないでしょうか。

もしも、官僚の勤務条件が悪化したらどうなるか。

誰も官僚になろうとはしない。

官僚に優秀な人材が減少する。

日本国の政策能力が落ちる。

政治家の愚策に振り回され、日本がますますダメになる。

という構図でしょう。

米国なら大統領が変われば政策が大きく変わります。
他国でも、政変と言われるような変化が起こります。
でも、日本は誰が首相になっても、基本は揺らぎません。
実質は官僚が主導しているからです。
ある意味、政治が安定していることは、素晴らしいことだと思います。

ただ、官僚は、組織の論理で所属する省の利益を守るようになります。
許認可など省の権益を守る部分を政治家の力で変えていかなければならないのであって、官僚の勤務条件を攻めるのはポイントを間違っていると思いますよ。
電車キャスター
2009/08/27 22:45
電車キャスターさん、いつもありがとうございます。
このページはあまり触れたがらない人が多いだろうな…と思う中でいつも通りのコメント・ご意見を頂戴したことを深謝いたします。
私も官僚と言う組織に対しての違和感は持たざるをえない部分が多分にあることは否めません。
ただ、この自由になったかのような国の中で、しかも「ネット」という“場”があるばかりに論調?がヘンな方向に行くのがあまりに「低次元」と思わざるをえないのであります。
具体的には本文にありますとおり、官僚個人のこと・・・これは官僚に限らず、何かを責められた人の箸の上げ下ろしまで介入していくような話が広がることは話を「井戸端会議」化しているにすぎないと思うのであります。
「民意」とシャレた言葉で言うのは簡単なことですが、何でも言えばいい、というものではないのかなとも思っています。自分の“掌”を見て物事を言うべきものかと。
あまり大きな声で言いたくはないのですが、それが私のブログテーマのうちの一つでもあります。
神戸MPV
2009/08/28 06:07

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